準備が整った日記

はてなブログをやめてWordPressを使うことにした。
初心者すぎて時間かかったけど、参考情報がネットにたくさんあって助かった。

なにか書きたくなったときは、この十年くらいはてなブログを使ってたんだけど、記事の途中に広告がドーンと出るようになったのでちょっと違う環境を試してみようかな、と思った。
見返すと、全然書いてない。2015~2024の間で、消したりしたの含めても30記事くらい……
アウトプット欲があっても、それをする意味とはって考えたとき、やめとこってなっちゃう人生だったけど、もう少し気軽に書いていこうかな。

こういうことを考えるとき、何年か前に見た香山哲さんの文章を思い出す。

どんなに自分のためにやったことでも、発表したり表明したり表現したりすると、誰かにいろんな影響を与える。商売マーケットでは感動とか泣けるとか稼げるとかっていう影響しか影響と認めないかもしれないけど、人生に作用する影響というのは色んな種類がある。すれ違う人の服の色とか、海が大きいとか、そういうことからも刺激を受けて、何らかの気持ちが起こって、人生のハンドルが1ミリ動いたりする。

https://kayamatetsu.com/archives/kayamatetsu1/384/

自分の今まで触れてきたものを思い返したとき、極端な嗜好ではないんだけど、
文章とかサイト自体とか、「なんとなくそこに置いてある」感じのを見るのが好きだし、ちょっとずつ影響受けてるなと感じる。
今も別に存在するとは思うけど、こじんまりやってるものってどう探せばいいのか分からない。Google検索の仕組みも変わっただろうし、現代のコンテンツは飽和状態といった印象で、昔の方が見つけやすかった気がする。
自分の好みが固まってきてるんだろうなとも思う。

ある種のしょうもなさだったり、この人はなんでこんなことをずっとしているんだろう、という困惑と興味が混在してるものに惹かれる。
「やりたいことやってる人を、見たい人が見てる一方通行同士の関わり合い」と表現すると、自分としてはしっくりくる。
一方通行ってところが重要で、それが崩れる要因はいろいろあって、例えばお金が発生すると「対お客さん」になるから、事情が変わる。(その辺、一概に言いたいわけではなく、いろんなあり方が現代だとあって、上手く適応してる人も大勢いるんだろうなと思う)
今の時代に即してないとしても、自分のインターネットとの関わり方とか好みって、ずっとそんな感じだ。

まあとにかく、日々思ったことを放流すれば良いんじゃないだろうか。せっかくサーバー借りて自分の場所を作ったので。
「準備が整った段階で満足して、それ以降のやる気が失速する」というのもずっと繰り返してきてるので、そうなっても動じないようにしたい。なにかを継続することについて、あまり自分に期待していないので大丈夫。

はてなブログの方は多分残しておく。
もし全部めんどくさくなったり、サーバー代とか払えないくらい困窮したら戻るかもしれないので。